大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)3423号 判決

原告 破産者株式会社フラワー商会 破産管財人 八代紀彦

被告 国

主文

一  被告は原告に対し、金一三一万九四〇〇円及びこれに対する昭和五四年一〇月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一、二項と同旨

2  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言(原告の請求が認容されかつ仮執行宣言が付される場合)

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外株式会社フラワー商会(以下「破産会社」という)は、昭和五三年八月一七日大阪地方裁判所において破産宣告を受け、同時に、原告がその破産管財人に選任された。

2  破産会社は、昭和四四年六月郵政省簡易保険局長との間で、次の内容を含む簡易生命保険法に基づく保険契約(保険証書記号番号四一-二五-五四八一五四五)を締結した。

(1)  保険の種類 一〇年払込一五年満期養老保険

(2)  保険金額 一五〇万円

(3)  被保険者 訴外伊集院司

(4)  保険金受取人 破産会社

(5)  保険契約の効力発生の日 昭和四四年六月二一日

3  破産会社が被告に昭和五三年六月分の保険料を払い込まなかつたため、右保険契約は同年九月二〇日限り失効した。この結果、右保険契約の保険金受取人は、還付金額一一二万五〇〇〇円と剰余金二二万六八〇〇円の合計一三五万一八〇〇円から未払保険料三万二四〇〇円を控除した一三一万九四〇〇円につきその支払を請求する権利を取得した。

4  原告は、昭和五四年一〇月二六日被告(門真郵便局)に対し、右還付金一三一万九四〇〇円の支払を請求し、被告からその支払を拒絶された。

5  原告は、昭和五四年一一月九日簡易生命保険郵便年金審査会に対し、被告の右支払拒絶を不服として審査の申立をしたが、六か月を経過するも右申立に対する裁決がなされていない。

6  簡易生命保険法五〇条は、強制執行によつて債務者から最低生活の手段まで奪つてしまうことは人道上も国家経済上も望ましくないとの社会政策的見地から、保険金、還付金請求権の差押禁止を規定している。これと同様の配慮は、包括執行たる破産の場合にも妥当するのであつて、破産法六条三項本文は、差し押さえることができない財産は破産財団に属しない旨規定し、差押えを禁止されている財産は破産者の自由な処分に委ねている。破産法六条三項本文の規定がこのような趣旨で設けられているとすれば、この規定は、破産者が自然人である場合に適用があり、自然人のように生物としての営みがなく、最低生活保障の配慮を必要としない法人が破産者である場合にはその適用がないものと解すべきである。したがつて、破産者が法人である場合には、差押えを禁止されている財産を含む一切の財産をもつて破産財団が構成されることとなる。本件において、破産者は法人であり、前記保険契約失効にともなう還付金請求権は破産財団に属するものであるから、破産法七条の規定により、原告が被告に対して右還付金の支払を請求する権利を有することは明らかである。

7  よつて、原告は被告に対し、右還付金一三一万九四〇〇円及びこれに対する被告に支払を請求した日の翌日である昭和五四年一〇月二七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし5の事実は認める。

2  同6、7の主張は争う。

3  簡易生命保険法五〇条は、自然人と法人とを区別することなく、保険金、還付金請求権の差押禁止を規定しており、一方、破産法六条三項本文は、差し押さえることができない財産は破産財団に属しない旨規定している。したがつて、原告主張の還付金を受け取るべき権利は、破産者が法人である本件にあつても、破産財団にではなく、商法四一七条二項によつて選任される清算人に帰属するものと解すべきである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1ないし5の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、右保険契約失効にともなう還付金請求権が破産財団に属するかどうかについて検討する。

民事執行法(原告による還付金請求時の民事訴訟法強制執行編)及び各種の特別法においては、債務者に属する財産のうち一定範囲のものについて、その差押えを禁止又は制限しており、その理由とするところは一律ではないが、その多くは主として債務者の最低生活を保障することを目的とするものである。簡易生命保険法においても、その五〇条において、「保険金又は還付金を受け取るべき権利は、差し押えることができない。」と定めているが、この規定も、同法一条に示されている同法の立法趣旨から明らかなように、主として右と同趣旨の社会政策的見地から設けられたものと解することができる。このような債務者の最低生活を保障するために設けられた各種差押禁止規定の趣旨は、包括執行たる破産の場合にも尊重されるべきであり、これを受けて破産法六条三項本文は、「差押フルコトヲ得サル財産ハ破産財団ニ属セス」と定め、差押えが禁止されている財産については、破産者の最低生活の手段まで奪わないとの趣旨で、これを破産財団に取り込むことなく、破産者の自由な管理処分に委ねることとしているのである。破産法六条三項本文の法意が右のとおりであるとすれば、自然人が破産者である個人破産の場合に右規定がそのまま適用されることはいうまでもないが、法人が破産者の場合においては、個人破産の場合と同一に考えることは妥当でない。

法人にあつては、破産は一般に解散原因とされ(民法六八条一項三号等)、株式会社についても破産によつて当然に解散したことになり(商法四〇四条一号、九四条五号)、解散による清算手続は破産手続により行われるのであるが、破産法人の法人格(権利能力)は、法人がもともと目的的な存在であることから、破産的清算の範囲内に制限されることになり(破産法四条)、破産管財人の管理処分下に置かれる財産関係を除いた組織法的(人格的)な存在を認めうるにすぎない。そして、破産法人については、その存在目的・性格からして、差押えが禁止されている財産を破産財団から分離して、破産者の自由な管理処分に委ねるという最低生活の保障のための社会政策的考慮を必要としないのである。

商法四一七条は清算人の決定に関する規定であるが、合併の場合には清算の必要がなく、また破産の場合も、同時破産廃止の決定がなされる場合を除き、破産管財人が選任され、破産管財人が一切の財産について破産手続を遂行するものであつて、自然人の場合のように破産財団を構成しない自由財産なるものが存しないところから、結局合併及び通常の破産の場合にはいずれも清算の必要がなく、したがつて清算人設置の必要がないために、同条一項は、会社が解散したときは、(取締役以外の者を清算人として定款で定め又は株主総会で選任した場合を除き)解散前の会社の取締役が清算人となるとしながら、「合併及破産ノ場合ヲ除クノ外」と規定しているのである。

右に説示したところをあわせ考えると、破産者が法人であるときは、自然人の場合の差押禁止物を含めて一切の財産をもつて破産財団が構成されるのであり、破産法六条三項の規定は適用されないものと解するのが相当である。

そうすると、前記保険契約の還付金を受け取るべき権利は破産財団に属し、破産管財人である原告は破産法七条により右権利を行使しうることとなるから、被告は原告に対し、右還付金一三一万九四〇〇円及びこれに対する原告からその支払の請求を受けた日の翌日である昭和五四年一〇月二七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきである。

三  よつて、原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用し、仮執行宣言の申立については、本件において相当でないと認めるので、これを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 金田育三 森真二 吉田恭弘)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例